私たちが日常的に行う「歩く」「座る」「立つ」といった何気ない動作。
その全てにおいて、関節は常に滑らかに動いています。
この滑らかさを可能にしているのが、関節の極めて低い「摩擦係数」です。
この記事では、関節の摩擦係数がなぜ驚異的に低いのか、そしてそれを支える生体の仕組みについて、最新の研究と共に専門的に解説します。
◆ 関節の摩擦係数とは?

摩擦係数(coefficient of friction)とは、2つの物体が接触して滑る時に生じる抵抗の度合いを表す数値です。
一般的な物質で言えば、氷上を滑るスケート靴の摩擦係数が約0.01程度とされており、非常に滑らかであることがわかります。
ところが、正常な人間の関節における摩擦係数は 0.001〜0.005 と、氷上よりもさらに滑らかなのです(Cells, 2020)。これは自然界でも最も滑らかな構造の一つであると言われています。
◆ どのようにして関節は摩擦を低減しているのか?

この極低の摩擦係数を実現しているのが、関節を構成する以下の要素です。
・関節軟骨(articular cartilage)
関節表面を覆うガラス軟骨は、非常に滑らかな構造を持ち、衝撃吸収と滑走を両立しています。軟骨には血管が通っておらず、主に関節液から栄養を受け取っています。
・滑液(synovial fluid)
関節内に存在するこの液体は、潤滑油のような役割を果たします。ヒアルロン酸、ルブリシン(proteoglycan 4)、潤滑脂質などを含み、これらが共同して摩擦を極限まで低下させています(Matrix Biology, 2014)。
・ヒアルロン酸とルブリシンの役割
ヒアルロン酸は粘弾性を持ち、関節液にとろみを与えています。一方、ルブリシンは関節表面に吸着して、境界潤滑(boundary lubrication)を担います。研究によれば、ルブリシンの欠如により摩擦係数が著しく増大することがわかっています(Osteoarthritis and Cartilage, 2021)。
◆ 関節疾患と摩擦係数の関係
正常な関節では非常に低い摩擦が保たれていますが、関節疾患、特に 変形性関節症(osteoarthritis) の進行により、この摩擦係数は大きく変化します。
・変性軟骨の摩擦増加
軟骨のすり減りや滑液の質の低下によって、摩擦係数は 0.3〜0.4 にまで増加することがあります(Osteoarthritis and Cartilage, 2009)。これにより関節の動きが滑らかさを失い、痛みや可動域制限が生じます。
・滑液の成分変化
患者特異的な滑液を調査した研究では、ヒアルロン酸やルブリシンの濃度が低下しているケースが多く、これが摩擦係数の上昇と密接に関係していると考えられています(Osteoarthritis and Cartilage Open, 2025)。
◆ 摩擦係数の測定方法
関節の摩擦係数は、バイオメカニクスの研究において特殊な測定装置を用いて計測されます。たとえば、生体軟部組織を再現した人工関節モデルや、動物関節を用いた摩擦試験などが行われています(BMC Musculoskeletal Disorders, 2022)。これらの研究により、関節の滑走性能を数値化することが可能となり、疾患予防や人工関節設計にも応用されています。
◆ まとめ

関節の摩擦係数は、我々の身体の中でもっとも驚異的な性能を持つ部位の一つです。ヒアルロン酸やルブリシンといった潤滑成分が繊細に働き合うことで、ほぼ「無摩擦」に近い動きが実現されています。しかし、関節の健康が損なわれるとそのバランスは崩れ、摩擦は一気に増加します。
このような知識は、リハビリや整形外科、または整体・手技療法を学ぶ人々にとっても極めて重要です。摩擦の少ない状態を保つための運動指導や、滑液の分泌を促す施術などが、関節の健康維持において重要な役割を果たすと言えるでしょう。
【参考文献】
- Cells, 2020. “The Role of Hyaluronic Acid in Cartilage Boundary Lubrication.”
- Matrix Biology, 2014. “The Biology of Lubricin: Near Frictionless Joint Motion.”
- Osteoarthritis and Cartilage, 2021. “Proteoglycan 4 Reduces Friction More Than Other Synovial Fluid Components.”
- BMC Musculoskeletal Disorders, 2022. “Influence of Hyaluronic Acid on Intra-Articular Friction.”
- Osteoarthritis and Cartilage, 2009. “Investigation of the Frictional Response of Osteoarthritic Human Cartilage.”
- Osteoarthritis and Cartilage Open, 2025. “Friction of Osteoarthritic Cartilage with Patient-Specific Synovial Fluid.”