巻き肩と肩鎖関節のズレがもたらす身体への影響~研究論文をもとに整体師が知るべき視点~

関節について

巻き肩(rounded shoulder posture)は現代人に非常に多く見られる姿勢異常であり、その多くが日常生活の中で無意識のうちに形成されています。

特に長時間のデスクワークやスマートフォンの使用、運動不足などによって前方に肩が巻き込まれ、胸椎の後弯が増大し、肩甲骨が前傾・外転することで、肩鎖関節のズレを引き起こす要因となります。

本記事では、巻き肩による肩鎖関節(acromioclavicular joint: AC joint)への影響と、それがもたらす身体的不調について、関連する研究データや論文をもとに解説していきます。


巻き肩とは何か?

巻き肩は、肩が通常よりも前方に位置し、上腕骨が内旋し、肩甲骨が外転・前傾している状態を指します。これは胸筋群(特に小胸筋)の短縮と、背部の筋群(特に僧帽筋中部・下部や前鋸筋)の弱化によって引き起こされるとされます(Kendall et al., 2005)。


肩鎖関節の構造と役割

肩鎖関節は鎖骨と肩甲骨(肩峰)を結ぶ関節であり、上肢の自由な運動において微細ながら重要な動きを担っています。肩関節複合体の安定性を保つうえで、肩鎖靱帯、烏口鎖骨靱帯などの靱帯構造と周囲筋の協調が必要です(Rockwood & Matsen, 2009)。


巻き肩による肩鎖関節のズレのメカニズム

巻き肩の姿勢では、肩甲骨が前傾し外転することで、鎖骨の遠位部が前方・上方に引かれるようになります。その結果、肩鎖関節に剪断力がかかり、関節のわずかな不安定性や微細なズレが生じやすくなります。

Harrison et al. (1999)の研究では、巻き肩姿勢のある被験者は肩鎖関節に過剰な動きが見られ、特に外転動作中に肩鎖関節の過可動性が観察されました。


肩鎖関節のズレが引き起こす不調

肩鎖関節がズレることによって、以下のような身体的不調が起こる可能性があります。

・肩こり・首の痛み

肩鎖関節のズレにより、僧帽筋上部や胸鎖乳突筋などの筋群に過緊張が生じ、慢性的な肩こりや頸部痛が現れやすくなります(Yamamoto et al., 2012)。

・腕や手のしびれ

肩鎖関節周囲の構造的なズレや圧迫が、腕神経叢へのストレスとなり、腕〜手にかけてのしびれや放散痛を引き起こすケースがあります。

・胸郭出口症候群との関連

巻き肩と肩鎖関節のズレが原因で小胸筋が短縮し、肩の前方構造が狭くなると、胸郭出口症候群(TOS)のリスクが高まることが示唆されています(Hooper et al., 2010)。

・呼吸の浅さ・自律神経症状

姿勢の崩れによって肋骨の動きが制限され、横隔膜の可動域も狭くなり、呼吸が浅くなることで慢性疲労感や睡眠の質の低下、自律神経の乱れなどを招くこともあります(Chaitow, 2004)。


改善に向けたアプローチ

巻き肩および肩鎖関節のズレに対しては、以下のようなアプローチが有効とされています。

・姿勢評価と修正(Postural re-education)

姿勢の再教育を行い、日常生活の中で正しい姿勢を保てるように指導します。

・肩甲帯の筋バランス調整

小胸筋のストレッチと、僧帽筋中部・下部、前鋸筋の筋力強化が推奨されます(Cools et al., 2014)。

・モビリゼーションと手技療法

肩鎖関節や肩甲帯の可動性改善を目的としたモビリゼーションや、胸郭の可動性を高めるための手技療法も効果があるとされます。

・呼吸トレーニング

胸郭の柔軟性と横隔膜の動きを引き出すための呼吸エクササイズも、自律神経系の調整に有効です。


おわりに

巻き肩は単なる姿勢の崩れではなく、肩鎖関節のズレを介して全身に不調をもたらす重要な要因です。整体師としては、見た目の姿勢だけではなく、その奥にある関節や筋肉のバランス、神経系への影響まで含めた包括的な評価とアプローチが求められます。


参考文献

  • Kendall, F.P., McCreary, E.K., & Provance, P.G. (2005). Muscles: Testing and Function. Lippincott Williams & Wilkins.
  • Rockwood, C.A., & Matsen, F.A. (2009). The Shoulder. Saunders Elsevier.
  • Harrison, D.E., et al. (1999). Posture and the variability of the acromioclavicular joint. Journal of Manipulative and Physiological Therapeutics.
  • Yamamoto, A. et al. (2012). The prevalence of shoulder pain and its relationship to scapular dyskinesis in Japanese office workers. Journal of Orthopaedic Science.
  • Hooper, T.L., et al. (2010). Thoracic outlet syndrome: a controversial clinical condition. Journal of Manual & Manipulative Therapy.
  • Chaitow, L. (2004). Clinical Application of Neuromuscular Techniques. Churchill Livingstone.
  • Cools, A.M., et al. (2014). Rehabilitation of scapular dyskinesis. British Journal of Sports Medicine.
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