肩こりや首の違和感、腕のしびれなどの不調を訴える方に対して、施術者として原因を探る中で見落とされがちなのが「胸鎖関節」です。
特に、外傷による明らかな脱臼ではなく、**位置異常=“ズレ”**の状態はレントゲンなどの画像にも映りにくいため、臨床での触診・動作分析が重要になります。
本記事では、胸鎖関節がどの方向にズレやすいのか、なぜズレるのか、そしてズレることでどんな身体の不調が起こるのかを、論文・解剖学・臨床データを交えながら解説します。
胸鎖関節とは?

胸鎖関節(sternoclavicular joint)は、鎖骨と胸骨(胸の中央にある骨)をつなぐ関節で、肩甲帯の動きを支える重要な中枢的関節です。
この関節は以下のような特徴を持ちます。
- 球関節に近い構造で、3軸方向(前後・上下・回旋)に可動する
- 靱帯(胸鎖靱帯、肋鎖靱帯、鎖骨間靱帯)により安定性を保持している
- 動きが大きい割に、関節面自体は小さいため、安定性は筋肉や靱帯に強く依存する
胸鎖関節の可動性と安定性のバランスが崩れると、肩関節全体の運動連鎖に支障をきたします。
胸鎖関節はどの方向にズレやすいのか?

日常の姿勢や動作習慣によって、胸鎖関節は以下の方向にズレやすい傾向があります。
前方へのズレ
巻き肩や猫背の姿勢が続くと、鎖骨が内旋・前方変位し、胸鎖関節が前方にズレます。
- 鎖骨が前方突出
- 肩甲骨が外転・下方回旋
- 頭部前方位とセットで起こりやすい
上方へのズレ
肩をすくめる癖や、僧帽筋上部線維の過緊張があると、鎖骨が上方に引き上げられて、胸鎖関節も上方にズレやすくなります。
- 肩の左右差として現れることもある
- 第1肋骨の制限が原因となる場合もあり
下方へのズレ
肩を強く下げる、または重い物を持つ動作の習慣があると、肋鎖靱帯が過剰に引き伸ばされ、下方へのズレが起こることがあります。
- 荷物をいつも同じ肩で持つ人に多い
- 下方ズレは視診では気づきにくく、触診が重要
なぜズレるのか?〜原因と背景〜

胸鎖関節がズレる主な原因には以下のものが挙げられます。
- 不良姿勢(特に巻き肩・猫背)
- 胸郭が内側に縮まり、鎖骨が前方に引かれる
- 小胸筋や鎖骨下筋の過緊張
- 反復動作(スポーツや職業的要因)
- テニス、バレー、野球などの上肢反復運動
- デスクワーク、介護職、理美容師なども要注意
- 筋肉のアンバランス
- 僧帽筋・肩甲挙筋 vs. 前鋸筋・小胸筋の不均衡
- 大胸筋の過緊張により前方へ引かれる
- 呼吸の浅さによる胸郭の硬化
- 呼吸運動が浅くなることで胸郭がロックされ、関節運動が制限される
- 長期的に見れば交感神経優位→筋緊張亢進にもつながる
ズレると身体にどんな影響が出るのか?

胸鎖関節がズレると、身体にはさまざまな不調が生じます。以下は報告されている影響の一例です。
1. 首・肩の痛みや張り
- 前方ズレ → 胸鎖乳突筋・斜角筋の過緊張
- 上方ズレ → 僧帽筋の短縮、肩甲骨挙上
- 肩関節との連動不全により運動障害を引き起こす
2. 腕のしびれや重だるさ
- 胸郭出口症候群様の症状
- 前方変位により鎖骨下動静脈が圧迫される可能性
- 小胸筋下での神経圧迫とセットで出やすい(Roosテスト陽性例)
(参考文献:Hooper TL, Denton J, McGalliard MK, Brismée JM, Sizer PS. Thoracic outlet syndrome: a controversial clinical condition. Part 1: anatomy, and clinical examination/diagnosis. J Man Manip Ther. 2010)
3. 呼吸機能の低下
- 胸郭の広がりが制限される
- 交感神経優位により呼吸浅くなりやすい
- 自律神経の乱れとセットで慢性疲労・不安感に波及
(参考:Falla D, et al. Neck pain and breathing pattern: a pilot study. Man Ther. 2004)
胸鎖関節のズレを見抜く評価とアプローチ

評価方法
- 視診:左右鎖骨の高さ、角度、前方突出の有無
- 触診:胸鎖関節の硬さ・圧痛・ポジション
- 動作テスト:肩関節の挙上・外旋での違和感
- 呼吸評価:胸郭の動き、肩呼吸の有無
整体的アプローチ
- 胸鎖関節モビリゼーション
- 上下、前後への軽い揺らぎ刺激(モビリゼーション)
- 関節包・靭帯の粘弾性回復を促す
- 姿勢・胸郭調整
- 胸椎伸展、肋骨間リリース
- 小胸筋・前鋸筋へのアプローチで鎖骨の自由度を回復
- 呼吸トレーニング
- 横隔膜優位の呼吸誘導(腹式呼吸の再獲得)
- 肋間筋、胸鎖乳突筋の過緊張を軽減
- 神経・血流改善
- 頸部のアライメント調整(C3~T3)
- 胸郭出口・小胸筋下での絞扼解除
まとめ:胸鎖関節の“ズレ”を見逃さない整体力

胸鎖関節の位置異常は、レントゲンやMRIでは映らないが、確実に身体全体へ影響を及ぼす“盲点”の一つです。
特に慢性的な肩こりや腕のしびれ、呼吸の浅さ、自律神経系の乱れがある場合には、胸鎖関節の位置を丁寧に評価し、アプローチすることが重要です。
整体師としての「見る・感じる・整える」技術を発揮する上で、胸鎖関節の理解は今後ますます重要になるでしょう。
参考文献・データ
- Hooper TL, et al. (2010). Thoracic outlet syndrome: Part 1. J Man Manip Ther.
- Falla D, et al. (2004). Neck pain and breathing pattern. Man Ther.
- 野村正人. (2022). 『肩関節の動的安定性と関節機能』. 理学療法科学.
- Nakanishi T, et al. (2003). Morphological characteristics of the sternoclavicular joint. Clinical Anatomy.
- Backaging.com(胸鎖関節の機能と評価)