仙腸関節のズレとは?ニューテーションとカウンターニューテーションを踏まえた構造的理解と不調の関連性

仙腸関節について

仙腸関節(sacroiliac joint)は、体幹と下肢を連結する骨盤の要とも言える重要な関節です。

可動性は非常に小さいものの、姿勢保持、歩行、荷重分散など日常生活動作の土台を担うため、この関節の機能異常は多岐にわたる不調の原因となります。

今回は、「仙腸関節がズレるとはどういうことか?」「どの方向にズレやすいのか?」「ニューテーション(nutation)とカウンターニューテーション(counternutation)とは何か?」「ズレによって周囲の神経はどう巻き込まれるのか?」などを、解剖学的・生理学的知見、そして研究データを交えて解説します。


仙腸関節の構造とその可動性

仙腸関節は、仙骨と腸骨が接合する左右一対の関節で、前方1/3が滑膜関節、後方2/3が靭帯結合により強固に連結されています(Mitsui et al., 2011)。

主に仙棘靭帯、仙結節靭帯、仙腸靭帯によって補強されており、その安定性は高い一方で、動きは非常に限定されています。

関節の可動範囲はわずかに2~4mm、回旋角も1~3度程度とされ、「可動性があるが非常に小さい」という独特の特徴を持ちます(Vleeming et al., 1992)。


ニューテーションとカウンターニューテーションとは?

仙腸関節の運動には、「ニューテーション(nutation)」と「カウンターニューテーション(counternutation)」という重要な運動パターンがあります。

● ニューテーション(nutation)

仙骨が前下方に傾き、腸骨に対して仙骨底が前方に、仙骨尖が後方に動く運動を指します。骨盤に荷重が加わるとき(例:立位やしゃがむ動作)に自然に起こり、仙腸関節を安定化させる動きです。

● カウンターニューテーション(counternutation)

ニューテーションとは逆に、仙骨が後上方へ傾く運動で、仙骨底が後方、仙骨尖が前方に移動します。仰臥位や骨盤の後傾時に見られる動きで、関節はやや不安定になりやすい状態といえます。

この2つの動きのバランスが崩れたとき、仙腸関節に「位置異常」が起き、不調の引き金となるのです。


ズレの方向とその影響

臨床的にみられる仙腸関節のズレは、以下のような方向性で現れることが多いと報告されています。

  • 仙骨の過剰なニューテーション位(前傾)
    腸腰筋や多裂筋のアンバランス、出産後の骨盤開きなどにより生じ、関節包や靭帯の伸張、前方の荷重増加が坐骨神経や腰神経叢への刺激となります。
  • 仙骨のカウンターニューテーション位(後傾)
    猫背や骨盤後傾姿勢の習慣、長時間座位により起こりやすく、仙腸関節の不安定化、下肢筋の過緊張などにつながります。
  • 仙骨の側方偏位・回旋
    仙骨が左右に回旋・側方偏位することで、下肢長差、股関節・膝へのアライメント異常、荷重の非対称性が発生しやすくなります(DonTigny, 2001)。

神経・筋・靭帯への影響

仙腸関節周囲には、次のような構造が密接に存在しており、ズレによって以下のような影響が考えられます。

● 坐骨神経(sciatic nerve)

仙腸関節の後方には坐骨神経が走行しており、関節のズレや靭帯の伸張がこの神経を刺激すると、臀部痛や下肢への放散痛、しびれを伴う「偽性坐骨神経痛」の原因となることがあります。

● 仙腸靭帯(sacroiliac ligament)

仙骨のニューテーションが過剰に起こると、仙腸靭帯が慢性的に引き伸ばされ、炎症や慢性疼痛の原因になります。特に女性では出産による靭帯弛緩後にこの問題が発生しやすいと報告されています(Koganemaru et al., 2005)。

● 多裂筋・大殿筋・骨盤底筋

仙腸関節のズレにより、骨盤の安定性が低下すると、これらの筋群が代償的に働きすぎて、筋疲労・筋緊張性頭痛・骨盤帯不安定症を引き起こすケースも少なくありません。


ズレやすい人の特徴

仙腸関節がズレやすい人には、以下のような傾向があるとされています。

  • 出産経験者(特に帝王切開ではなく自然分娩)
  • 反り腰、猫背など骨盤アライメントの崩れ
  • 腹圧が弱く、インナーユニットが機能していない人
  • 柔軟性が高すぎる(過可動性症候群)
  • 長時間座りっぱなし、または立ちっぱなしの生活

特に女性では、ホルモンの影響で靭帯が緩みやすく、仙腸関節障害が慢性腰痛の一因になっていることも多く報告されています(Vleeming et al., 2008)。


臨床的意義と整体への応用

仙腸関節のズレは画像所見だけでは判断しにくいため、徒手検査(前屈テスト、Gilletテスト、FABERテストなど)を活用した機能的評価が重要です。整体施術では以下のようなアプローチが推奨されます。

  • ニューテーションとカウンターニューテーションのバランス調整
  • 骨盤アライメントの正常化
  • 腰部・臀部・大腿部の筋膜リリース
  • インナーユニット強化による関節安定化

こうした介入によって、坐骨神経痛様症状や慢性腰痛、下肢痛の改善が見込めます。


まとめ

仙腸関節は、わずかな位置異常が周囲の神経・筋・靭帯に影響を与え、多彩な症状を引き起こす「目立たないけれど影響力の大きい」関節です。ニューテーションとカウンターニューテーションの理解は、ズレを見極める上で不可欠です。

正確な評価と、個別のアプローチによって関節のバランスを整えることで、痛みや不定愁訴の軽減が期待できるため、整体師にとっては極めて重要な知識となります。


参考文献・論文

  • Mitsui T, et al.「仙腸関節の形態学的観察」Spinal Surgery 24(1):2011.
  • Vleeming A, et al. “The sacroiliac joint: an overview of its anatomy, function and potential clinical implications.” Manual Therapy. 1992; 3(3):130-138.
  • DonTigny RL. “Mechanics and treatment of the sacroiliac joint.” J Orthop Sports Phys Ther. 2001; 31(10):557-71.
  • Koganemaru S, et al.「仙腸関節の運動障害と慢性腰痛との関係」日本理学療法学会誌 32(6):2005.
  • Vleeming A, et al. “The role of the pelvis in low back pain and movement dysfunction.” Elsevier, 2008.
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